ツイッターを眺めていると、自分の知らない経済情報や面白いアイデア、実業家の貴重な経験談や実力者の価値観などなど。

普通に生活していたら接点がない方の貴重なツイートが見れて、とても勉強になるし楽しいです。

一方で、しつこく特定のアカウントを叩く方や、いきなり人のツイートに文句を付けてきたりと、実生活でそんなことをしたら間違いなくヤバイ奴で滅多に見掛けないのに、なぜかネット上だと結構な確率で遭遇します。

要は使いようなんですけど、脱サラして家族以外の人と会う回数が激減したのと、育児の隙間に出来る事からツイッターにはお世話になってまして、タイムラインで毒があるツイートが増えるとそれについて色々思ったりして気疲れしてしまうこともしばしばあります。

お腹いっぱいであります。




未来を語り合う仲間

それは罵詈雑言だけでなく、人生をより良く生きようとする人たちのツイートでも発生したりします。

特に私のような社会からちょっと外れた生き方をしている者からすると、眩しすぎるキラキラした言葉を見るのもキツイ時もあるんです。

例えば、

「未来を語り合う仲間たちと酒を飲みたい」

「過去の話で盛り上がる友人たちとは疎遠になった」

みたいな。

そりゃ創造していこうとする気概がある方と話すのは楽しいですよ。

私も投資やビジネスなどの未来を人とするのは大好きです。

「今後この業界はどうなるのか」とか「個人でもこうしたビジネスなら出来ないか」とか。

そう言った時は会話を肴に酒も進んで時間が過ぎることを忘れるのもしばしばです。

そのような場を一緒になって楽しめる人達とはまた会って話をしたいと毎回思います。

過去を懐かしむ仲間

でもって、地元の仲間と飲む時は仕事・生活の近況とか、昔の思い出話なんかで盛り上がります。

未来というより過去と現在の話が中心です。

「あの頃は良かった」みたいな話も出たりしますが、別に今が悪いとか不満ばかりだからそう言ってるわけでもなく、今は今でそれぞれに踠きながらも先を見据えて希望を持って生活しています。(と私は思っています)

私は定年を待たずにサラリーマンを辞めてしまったので、最近特に思うのですけど、「あの頃は良かった」と過去を懐かしめる仲間もとても大切なんです。

学校や会社などの組織に属せず、個人で何か実績がある訳でもない、肩書きも何もない私がどんな人間か?

特に良く知ってくれているのは、私の過去を共有してくれていた仲間たちなんですよね。

きっと歳をとって、自分の両親や知人があの世に旅立ち始めると、一緒に過去を懐かしめる仲間ってどれだけ大切か尚更分かるようになるんだろうなと思います。

「私は何者か?」

私の過去を知っている人が一人もいなくなった世界を想像すると、本当に寂しいですね。

過去も未来も現在も

なので、

過去を懐かしむ人とも、

未来へ前のめりに突き進む人とも、

現在をより良くしようと足掻く人とも。

今の脱サラ生活を過ごす中で、本当に数少ないご縁がある方との付き合いを大切にしながら生きて行きたいなと思ったのでした。

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